COLUMNE

祝福された者の昇天

date created : 2024.9.13

white by : doukin

ルネサンス期、オランダで活躍した画家、ヒエロニムス・ボスの描く世界は、風変わりで驚きに満ちている。

いくつもの作品に登場するピンク色のテキスタイルと鮮やかな青空の印象的なコントラスト。絵の端々には空想の生物が跋扈し、人々は誇張して描かれ、時には静物が巨大なスケールで登場する。

経験なクリスチャンだったボスの作品は、ほとんどがキリスト教が題材だ。神のおしえの崇高さと、人間の愚かなさまを夢の中の世界のように唐突で流動的に描いている。

あのレオナルド・ダ・ヴィンチと同じ時代の画家だといえば、かれの世界の個性がより際立って感じられるだろう。

ボスには、より現実的で緻密で生々しい表現を追求したイタリアのルネサンスとは異なる、中世の細密画の観念を引き継いだあざやかな空想とユーモアの中の憂い、そしてまどろみがあるのだ。

『祝福された者の昇天』1505-1515

タイトルの通り、神に祝福された者が、天使の導きで天国へ至ろうとする様子を描いている。

最も印象的なのは空に「出現」した光のトンネルだ。天国の入口で佇む3人はぼんやりと描かれ、その光の眩さを物語っている。

そこには得体のしれない生き物も、顰め面の悪人もいない。あるのは完全に善なる光だけだ。 まもなく昇天しようとする者は性器をうしない、その光を目にして感嘆している。あざやかな羽根の天使たちの導きによって、祝福者は天に至るのだ。

クリスチャンの画家として宗教的世界を表現しながら、同時に人間の俗悪をユーモラスな態度で描き続けてきたボスにしては、天国の描写がとてもやわらかなものに思える。そしてそれこそが彼にとって天に至ることの崇高さに対する賛美ではないか。

黒い背景に現れた光の先になにがあるのか、そこに至る者は何をまなざしているのか。 ボスは人々の想像をこえた体験を印象的に描きあげた。

興味深いことに、実際にいわゆる「臨死体験」を経験した人々の話とこの絵は奇妙な一致を見せている。 何者かに導かれ、トンネルを通り光に包まれるというのは、臨死体験のパターンの典型だという。

また、彼の作品世界の源泉を、キリスト教の異端や、神秘主義に求めようとする者もいる。たしかに、この奇想の世界から受けた驚きは、しだいに超越的な態度で真理をついてくるような鑑賞体験として結実する。そこに何か明かされていない謎があるのではないかと考える者がいるのも納得だ。

いずれにせよ、作品たちの人々を惹きつけてやまない魅力こそが、わたしたちに救いを与えていることは事実だ。