COLUMNE
Yesterday,Today and Tomorrow
date created : 2024.8.28
white by : doukin
夕方に家を出る。連日の厳しい暑さも、ようやくやわらぎはじめたようで、これ幸いとあれこれ思案しながら家の周りを歩くことにした。ただの住宅街の散歩にしても、そこには小さな気付きや変化があって、存外おもしろい。
たとえば、家に向かう子どもたちの話す内容は、自分のころとかわりがないのだなぁとか、あそこのアスファルトのひび割れは冬よりも広がっているなぁとか、些細なことである。
さて、これはもはや日本の一風景なのかもしれないが、きっと日本のどの住宅街のだいたい20軒に1軒くらいに、玄関口や軒先にぞろぞろと手入れの行き届いていないプランターが置かれている家をみることができるだろう。
雑然と並べられたプランターにとりとめもなく植えられた植物たちは、しだいに放埒に伸びていき、ツタの類は壁を這いはじめる……
きょうの散歩でも、ちょうどブルー・アワー、黄昏のおわりごろ、そのたぐいの家の前を通りがかった。
ふたむかし前くらいに建てられたであろうその家には、茶色いレンガタイルがあしらわれ、ちょうどその手前にぞろぞろと植物が列べられている。射し込む光であたりはブルーグレーの淡い色彩に包まれているときで、不思議と見慣れているはずのその家と植物たちが、引き立っていた。
そしてひろがる香りに気がつく。ジャスミンのような気だるい甘さは、塀に乗せられたプランターの、小さな紫の花が放つもののようだ。花の少し赤みがかった紫のいろあいは、この時間だけのペールトーンの空のもとで一層に目を引き、どこか蠱惑的にも見える。
特別な景色ではないが、特別な時間ではあった。軒先でしばしそれらを楽しみながら、お決まりの道で帰路につく。
植物の知識がないことを後悔しながら、自宅で早速花の名前を調べる。どうやら、ニオイバンマツリという花らしい。南米に分布し、この季節に花を咲かせる種で、紫色の花はしだいに白くなって鮮やかに目を楽しませてくれるようだ。
英名は”Yesterday,Today and Tomorrow”で、「幸運」、「熱心」、「浮気な人」だという。甘く夏らしい香りと移り気な表情は、たしかにこうした言葉を連想させる。
二度と味わえないであろうあの時間が、日常に突如顕れ、わたしのこころにその趣を刻んでいった。
きっと美はそこかしこに潜んでいる。大切なのは、やわらかいこころを持って、それに気付けるかどうかなのかもしれない。